二上達也九段の凄い実績や経歴と棋風の紹介

二上,にかみ

将棋の棋士で以前に日本将棋連盟の会長も務められた二上達也九段が死去されたとニュースで話題になっています。

ご存知の方も多い羽生さんの師匠に当たる方ということで、残念です。

死因は肺炎で亡くなられ、享年84歳でした。

今回は二上達也九段が現役時代にどれだけ凄い棋士だったかを実績経歴と共にご紹介いたします。

その中でどのような棋風だったのかもまとめてみたいと思います。

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二上達也(ふたかみたつや)九段の実績

タイトル戦挑戦数

タイトル戦挑戦回数は、26回です!

他の棋士では独特なキャラと将棋の腕前で有名な「升田幸三」先生が、タイトル挑戦回数23回で、同じくらいです。

ちなみに羽生さんは2016年11月現在でタイトル戦挑戦回数が129回です。そのうちタイトルを取得しているのが、97回と恐ろしい成績を誇っています。

そんな羽生さんの師匠の二上さんですが、天才の羽生さんには及ばないまでも相当の成績を誇っています。

調べてみたところ、25回以上もタイトル戦に挑戦している方はこれまでの将棋界(近代)で10人もいませんでした。

獲得タイトル

26回もタイトルに挑戦している二上九段ですが、タイトルはどれだけ取れていたのでしょうか?

  • 棋聖4期
  • 王将1期

タイトル戦挑戦26回のうち、タイトル獲得は5回ということで、獲得率は約20%です。

タイトルを獲得できるというだけで十分凄いのですが、棋聖は4期獲得されています。

最後は、森さんに敗れてタイトルを失っています。

名人戦について

やっぱり将棋といえば、名人戦ですね。竜王戦と名人戦が将棋界では賞金も多いですし、一般の人の知名度も高いと思います。

結論から言いますと、一度も名人位は獲得されていません。

しかし、挑戦は3度されています。しかも3度とも同じ相手に対して敗北を喫しています。それが、かの大山康晴十五世名人です。

二上さんの前に将棋連盟の会長をされていた歴代将棋界で最強と謳われる棋士ですね。良くて2勝までで、3勝をすることはありませんでした。

A級にはプロ通算27期在籍されていました。

表彰

ビックリしたのが、二上さんは1992年に紫綬褒章を受章されていました。最近ではオリンピックの金メダリストなどに多く授与されていた記憶がありますが、

二上さんも受賞されていたようです。

二上達也(ふたかみたつや)九段の経歴

二上さんは1950年にプロ入りされてから、1990年に引退されるまで約40年間プロ棋士として活躍されてきました。

二上さんは弟子をとっており、その中にかの羽生さんもいました。だから羽生さんの師匠に当たるということになりますね。

1989年から2003年になるまで二上さんは将棋連盟の会長も務められました。その在任中に女流棋士会の設立にも尽力されました。

二上さんの前の会長は大山康晴さんで、次の会長は中原さんでした。

二上達也(ふたかみたつや)九段の棋風

二上さんは居飛車党で攻めの将棋だったようです。二上さんの将棋を実際に見たことはないのですが、棋譜だけは下記から閲覧可能です。
二上さんの将棋の棋譜

将棋界の変遷

二上さん死去という将棋界にとってとても悲しいニュースが流れてしまいました。数々の功績を残した方だけに残念です。

棋聖や王将のタイトルを獲得されており、名人位に関しては大山康晴十五世名人に敗れはするも3度も挑戦をしていました。

二上門下には羽生さんもおり、羽生さんの師匠に当たるということです。

現在の将棋界ではコンピュータの台頭が激しくミウミウがコンピュータを使ってカンニングしたとして話題にもなっています。

今後はコンピュータと人間の折り合いが難しくなってくるでしょうが、将棋界の更なる発展を願います。

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